sorairokisetsu


offline -同人活動-

ReSin-ens「好」

サンプル1

 今だからって、何かがすぐに変わる訳じゃない。そんな気休めをいつも心の奥にしまい込んでいた。知ることに恐怖して、そのまま消えてしまうのではないだろうかという恐怖にも怯えた。いつだって物事は唐突で、いつだって始まりは突然で、だからなのかも知れない。
 今を大切にしたいと思う気持ち。後悔はしたくないと思う気持ち。暖かさを知りたいと思う気持ちが、ここにあるのは。
 少しだけども、いつもあるこの気持ちと共に。

 孤独だってもちろんあるし、それを寂しく感じることは当たり前で。私はゆっくりと流れる時間の中をただ傍にいるという安易な行動で満足していた。長くいれば何かが変わるというわけでもないのに。
「やぁっと…追いついたよ」
 見慣れた住宅街の道を歩く後ろ姿を発見し、声の届く範囲で走るのをやめた。少し息が荒いが歩いているうちに整えていく。
「寒くなっているのに、汗を掻くと風邪、ひいてしまうぞ」
「私はこう見えても他の女子よりは体力があるの」
 振り返った直ちゃんのすぐ前で、膝に手をついて一息いれる。
「そ・れ・に! 待っていてねって言ったのに、一人で先に行ってしまったのは誰でしょうかねぇ?」
 苦笑混じりの直ちゃんは、こういうときは何を言っても無駄だとわかっている。口論では負けてしまうのが悲しい現実なのだから。掃除するから遅くなる、と伝えて昇降口で待っていてと言ったのに、一人で先に帰ってしまったので慌てて追いかけてきたのだ。
「ああ、悪かったよ。今度は気をつけるよ」
「その言葉も何回も聞いたんですけどぉ」
 たぶん、というか絶対反省していないだろう。これは私の長年の経験だから。
「少し、昔のこと思い出していたからさ」
 昔。その言葉に少しだけ心が痛くなる。原因は百も承知だからなのか、どうしても顔に出てしまう感情、悲しみ。
「おいおい、茜がそんなに落ち込む事なんて無いんだぞ」
 そう言って苦笑する直ちゃんに私も苦笑で返すしかなかった。もうずっと前のことで今更どうしようもないこと位分かっているし、あの時の事はもうどうしようもなかった、そう思える。
「そう言えば直ちゃん。今度のテスト、どう?」
 約一週間後に控えている中間テスト、範囲が少々広めな上に苦手教科の英語を何とかしなくてはいけない。
「ああ、俺は特にこれと言って無いけどな」
 クラス内順位が上位の人は余裕があるようでうらやましいですね。
「だったらさ、今度の休みにでも勉強を教えてよ、ねっ?」
 英語を中心にその他の教科も底上げしていかないと、お小遣いの危機になるため少しまじめに取り組みたいところだ。
「まぁ、良いけど、時間や場所はどうするんだ?」
「うんと、土曜日に直ちゃんの家で良いかな?」
 並んで歩く住宅街、角を左に曲がってから気がついたのだが、お風呂のシャンプーやリンスを切らしていることを思い出した。
「俺は別にそれでもかまわないけど」
 まあ、そのうちにでも直ちゃんと一緒に買い物に行くとしよう。
「じゃあ、それできまりっと。とりあえず英語ね、英語」
 苦手教科の英語さえ何とかなれば、後はどうにでもなるし得意の国語や社会も控えている。平均点はそれで上げられるのだから。
「ああ、わかっているよ」
 また、苦笑しつつ肩をすくめる仕草。
「まあ、お昼ご飯くらいは私が持って行くよ。楽しみにしていてね」
「前みたいに、食べられないような弁当は勘弁してくれよな」
 それはもういつの頃の話題ですか。数年前の話題を出してこられても少し困るのだけど。
「大丈夫だよ。それに最近だって何回か私の料理を食べているでしょ。それでも不安なの?」
「おまかせするよっと。じゃあ、またな」
 話に夢中で直ちゃんの家の前まで来ていた事に気がつかなかったらしい。門の前で足を止めて軽く右手を上げている直ちゃん。
「うん、じゃあまた明日ね」
「おう、また明日だ」
 そう言い、玄関の鍵を開けて家の中に入っていくのを見届けて私も家に向かって歩き始めた。
 風が少しだけ出てきているのを感じ、視線を下から上へとスライドさせていくと視界に映るのは空、もう暗くなり始めて夕焼けは空の片隅に追いやられていた。代わりに星は輝き始める時間帯に移り始めているのを感じることができるのは、夜へ向かって気温が徐々に低くなり始めていることも関係するのだろう。風が冷たいのだ。
「もぉ…冬になるんだね」
 晩秋の宵の口、空の星座も冬に移ろいで行く節目の季節、私は何か変わることができるのだろうか?

サンプル2

「雪、か」
 ぼんやりと空を見上げている俺の目の前を、小さな雪が降りていった。白く、小さいが、それでも冬の到来を告げる存在。

「雪だ」
 良子と並んで見上げていると大気に揺られながら落ちてくる、雪の存在を確認できた。冬だ、と思える。

 空からの白が、地面へと移動する。世界が色を変えていく様を、高いところから見たのなら確認できたのだろう。全てを白く、染めていくだろう白い雪は、風の影響もなくただ静かに、真っ直ぐと下に降っている。
「っはは…なんか、馬鹿だな。俺は…」
 茜との喧嘩、死に神の言葉、敵意、沈んだ感情に、揺らぐ気持ち、思い。それらをひっくるめた俺の苦悩や葛藤をあざ笑うかのように、雪が俺の知っている世界を白く染めていく。
「もっと…考えてやれれば、こんなに後悔しないで済んだのかも知れないな。茜を傷つけることも無かったのかも知れないな…」
 根本的に、茜に甘えている自分が引き起こした茜との口喧嘩だ。今の状態に満足して茜に甘えるとなれば、それはただの慢心となり相手を茜を傷つけてしまう。それすらも忘れて、何が当たり前に恋人を名乗る…?
「俺って、なんで茜を好きになったんだろうな」
 茜曰く、過去を見ている、と言うのも的を射ている話だった。いつまでも過去の事を後悔していないで、反省をしろと茜は言ったのだ。どれだけ俺を惹こうと躍起になっても俺が、いつまでも過去を見ていれば、そりゃあ寂しくもなるし不満も溜まるのは当たり前のことではないか。
「何故、悩む…か」
 死に神が言った一言。悩む必要があるのか、と。確かに、悩む必要が何処にある。悩まないでするべき事は一つしか無かったのに、俺は動かないで諦めて。
 右手のこぶしは壁を殴ったあと処置もなしに放置したためか、血が乾きかさかさとしている。そっと、左手で触れると刺すような痛みが手の甲を伝わり、首元まで流れてきた。
「っつぅ……やっぱ慣れないことをするモンじゃないな」
 手の甲を見て、苦笑すると茜の顔が頭に浮かんできた。今は、ただ会いたい。会って言いたいことがある。
「やっぱ、俺は馬鹿だな。本当に」
 泣くほど怒った茜にどう切り出して、言おうか。
「……ごめんな。茜」

 どんなに立て込んでいても、世界は変わらず進み続けるもの。時間は待ってはくれず、立ち止まっている間だけ遅れていく。
「なんか、こんな時に雪を見ると、変な感じするね」
 良子が静かに、「そうですね」と、返してくれた。その声は嬉しそうな声だった。
「茜さん、雪って、こんなに白いじゃないですか」
「うん」
「この雪には一つ、魔法が掛けてあるんですよ」
「良子まで、二葉みたいな事、言って」
 おもしろそうに良子は、これも珍しく口もとを隠すようにして笑いを堪えている。大抵は、理路整然として極論を言えば、現実的なことしか言わない良子から、魔法という単語が聞けるとは思いもしなかった。
 右手を広げて窓の外に突き出すと、そこに雪が降りてきた。そして、手のひらに触れると一瞬の冷たさと引き替えに、雪は水になり姿を消した。
「優しさを思い出す。そんな誰にでもかかる魔法なんですよ。これも二葉の言葉ですけどね」
 相変わらず、二葉らしいと言うか、良子に言わせるほどとは。
「なんか、良子がそんな事言っているのを見ると、不思議な感じだね。珍しいって言うかさ」
「あのぉ、一応、私も夢見る乙女なんですがね」
 換気も十分だと判断して、窓を閉めると空という無限の世界は、窓枠という小さな四角い世界に収められてしまった。
「良子だって実際もてるんじゃないの?」
「いえいえ、私は一度も告白された事もしたこともないですよ」
 それは、告白したくても良子の持っているその雰囲気にできないで居ると思うのだけど、どうだろ?
「茜さん、気がついていますか?」
「えっ? 何が」
 良子が自分の頬を指さして微笑んで言葉を続けた。
「顔、笑っているんですよ?」
 自分でも気がつかないうちに笑顔になっていたみたいで、気がつくと確かに、笑っているのだろう。気持ちがだいぶ軽くなっていることに気がついて、今度は自分の意志で笑顔になれた。
「本当だね」
 少しの間、笑顔を忘れていた。一番、私にできることとは、笑顔でいること、そして直ちゃんの傍にいることだったのに、今ではその両方とも守れてはいないじゃない。
「どうですか? 気持ちは」
「うん、とても軽いね。ありがとう、良子」
 良子に相談すると、大抵のことはこうして良い方向に気持ちが向くのだから如何に良子が、聞き手話し手に回るのが上手いのかと言うことを実感できる。
「どういたしまして」


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